大分にはいらっしゃらないんですか?
僕が九州に向かっていることをつぶやくと、あるSNSの旅のコミュニティにいる女性からコメントがありました。
僕と彼女はお互いにフォローしあっていて、オンラインでは時々話しているものの、もちろん今まで一度も面識などありませんでした。
僕がいつもホテルもとらずにその日その日の天気や気分で適当に旅をしているということを知っているので、彼女としてはほんの冗談のつもりだったのかもしれません。
いいよ、なんとか調整してみる
僕がそう答えたのでちょっとびっくりしたのでしょうか、今までまるで10年来の友達同士のようにポンポンとリズムよく弾んでいた会話がそれを機にしばらく途絶えてしまったので、社交辞令に余計な返信をしちゃったかな、と僕が思いかけていた頃でした。
12月30日か31日の昼間ならたぶん大丈夫。
彼女からそんな返信が来たので、今度は僕がビックリする番でした。
九州に行くとはいえ今回は北九州をまわるつもりで、本当は大分に行く予定はなかったのです。
でもまあどうせ僕に予定なんかあってないようなもの、僕を待っていてくれる人がいるところならどこだって行くつもりだったのですが。
でもね、と彼女はとても申し訳なさそうに言いました。(その時の彼女の文字は本当にそうみえたのです)
ひとつあやまらなくっちゃいけないことがあるの。私の住んでるところ、大分の日田なのよ。大分よりずっと山の中。
冬は気温が氷点下まで下がっちゃうような小さな盆地の街なんだけどそこまでホントに来られますか?
君が日田に住んでるのも知ってるし、もちろん日田まで行くつもりさ、と僕は言いました。
日田は今まで3回パチンコやって2勝1敗っていう相性のいい街なんだ。おまけにパチンコ屋の駐車場で5000円拾って、それを元手に大勝ちしたこともあるくらい素敵な街だよ
僕がそうコメントすると彼女はクスクス笑って(その時の彼女の文字は本当にクスクス笑っているようにみえたのです)ありがとう、と言いました。
それに今年の夏に水害があって以来、君が毎日その復興状況をSNSにアップしている日田の様子、僕は好きなんだ。
僕は続けてこう言いかけたのですが、なんだか照れくさくなってしまってやめてしまいました。せっかくここまで続けてきたテキトーキャラを破っちゃいけないしね。
オンラインで知り合って2年とちょっとでしょうか、年の瀬も押し迫った12月30日の午後、日田のまちなかの古い喫茶店で、僕と彼女は初めてむかい合って座りました。
かつて幕府の天領として栄え、大分の小京都と呼ばれる日田には豆田町という古い町並みが残っていて、この店の2階からもその様子がうかがえました。
ずっと昔からこうして話しているような気がして、僕は特別緊張していたわけではないのですが、彼女は少し緊張していたのか、それとももともとそういう癖なのか、終始うつむき加減で、僕たちの視線が合うことはなかなかありませんでした。
彼女の視線の先にはテーブルの上に置いた左右の白くて細い指がありました。その左手薬指がシルバーの指輪に収まっているのを見て僕はあれっ、と思いました。
彼女の話の内容や話しかた、そして童顔で僕よりずっと若いその容姿から、僕はすっかり彼女を独身だと勘違いしていたようでした。
こんな年末の時期に呼び出しちゃって悪かったかな。
僕は口にこそしませんでしたが、そんなふうに少し申し訳なく思うと同時に、こんな時に家を開けられるなんて何か別の事情でもあるのか、と変な勘ぐりをしてみたりもしました。
彼女がご主人の転勤でこの日田にやってきたのが5年前。
もともとの出身は東海地方の町で、そのあとは東京や大阪にも住んでいたことがあるということでしたが、九州の、この日田はまったくゆかりのない土地なのだ、と彼女は言いました。
結婚しているわりにはいつも結構自由に旅をしてるよね。
僕が何気なくそう言うと、彼女は少し顔を赤くしてさらに視線を下げたようにみえました。
こうみえても私だってもういい大人なんだけどな。
それにそんなに自由ばっかりでもないのよ。
それでも彼女のその言葉はけっして悲観的な響きではなく、一瞬だけ視線をあげた時に見せた瞳はむしろ微笑んでいるようにも見えました。
彼女のまわりでは時間はゆっくりと、正の方向に流れているようでした。この子はきっといい家庭で育ったんだろうな。僕はなんとなくそう思ったのでした。
喫茶店のテーブルの上には、この店を訪れた人たちが思い思いに言葉を記した雑記帳がありました。ほんの少しだけ会話が途切れた時、僕が間を持たせるためにパラパラとめくったその中の1ページにふと目が止まりました。
気になっている人に
この喫茶店は素敵なところだと教えてもらいました。
君が好きな理由がわかりました。
今度は君から誘ってくれないかな?
こういうの、好きだなあ、彼はそのあとこの「君」とうまくいったのかな?
僕がそう言って彼女にこの詩のような、ラブレターのような一節を見せると彼女は意外なことを言ったのです。
これを書いたのは女性だと思うな。
字もすごく綺麗で女性っぽいし。
宇多田ヒカルが歌って以来、女性も男性のことを君って言うようになったんだよ。
へぇ、そんなものかな。
確かに言われてみれば、そう読めないこともありません。
日田で有名なのはこの豆田町の町並みくらいで他にはあんまり刺激的なところはないのよ。
ちょっと困ったように(もちろん本当に困っているわけではなく、それが彼女の癖なんでしょうが)僕と視線を合わせてもすぐに反らせてしまう彼女に、そんなことはないよ、と僕は言いました。
僕がこの日田に来たのには二つ理由があるんだ。
まずひとつめは君が毎日伝えてくれる、あの場所に行ってみたい。
彼女が毎日写していたのは2017年夏の豪雨水害で流出してしまい、現在も不通となっているJR久大本線の線路と橋梁の様子でした。
あの日、濁流で荒れ狂っていた花月川も、普段は日田の市内を流れる美しい川。彼女の写真からは東京ではあまり感じられない四季の移り変わりとともに、日田が少しずつ復旧していく様子をうかがい知ることができるのでした。
今日は僕が「今日の日田」を発信してもいいかな?
橋梁工事の先に対岸を望む場所に立ってそう言うと、彼女はじゃあ私も一緒に発信しちゃうね、と言って今度は本当にクスクスと笑いました。
日田に来てみたかったもうひとつの理由は、この対岸のほうにあるんだ。
僕はそう言って夜明の話をしました。
日田から西、久留米方面に二つ目の駅に「夜明」という名前の駅があります。読み方はそのまま「よあけ」。
僕がずっと昔に読んだ本の中にこの夜明駅で一晩を過ごした人の一節がありました。
夜明駅での夜明は素晴らしかった、と。
それ以来、いつかこの駅で夜明けを迎えてみたい、と思っていた僕は、せっかくこの時期に日田に来たんだから、明後日の新年の夜明けをここで迎えるつもりだ、と言いました。
夜明なんて駅、知らなかった。
5年も住んでるから何かの機会に見たり聞いたりしたことはあるのかもしれないけど、そんなに気にしてなかったからかな。
でも、と彼女は言って、またちょっと困ったような目で、けれどもさっきまでより少しだけ長く僕に視線を合わせました。
いいですね、夜明駅。
私もそこで夜明けを迎えてみたい、と。
大晦日の夜、日田駅前のホテルに泊まった僕は朝5時半の始発列車、いや、今はまだ久大本線が復旧していないので始発の代行バスに乗って日田の隣の光岡駅に向かいます。
光岡駅から接続する列車に乗れば夜明の駅には6時ちょっと過ぎの到着となりますが、冬の九州の日の出は遅いのでこれでも十分に間に合うはずです。
1月1日、午前6時3分、夜明の駅に降り立ったのは僕ひとりでした。
あたりはまだ暗く、長いプラットホームにある何本かの電灯に照らされている「よあけ」という駅名標が青白く浮かび上がっていました。
空が白みはじめるのはおそらく午前7時前後になることでしょう。まだ暗い中、駅のホームや外で過ごしていると1月の日田盆地の冷気が足元からじわじわと体中に侵入してくるかのようでした。
それに耐えられず、防寒のために小さな駅舎の中に逃げ込むと、そこには「夜明 旅ノート」という雑記帳がありました。
それを暇つぶしにパラパラめくると、一番新しいページにこんな文章が書かれていました。
「気になっている人に 夜明の駅のことを教えてもらいました。
君が好きだというから、さっそく来てみました。
今度は君と、ここで夜明けを迎えたいな」
純黒のまま、ずっと変化のなかった空が次第に青みを帯びてくると、それから先、意外なほどのスピードで夜明けがやってきました。
駅の東側に山があるので、日の出を見ることはできませんが、駅前に降り立つと朝の蒼色の水をたっぷりと湛えた三隈川が見え、水面には真っ赤な夜明大橋が映りこんでいました。
ホームの端に立つと、西へ向かう線路が15度のカーブを描きながら左右2つの方向に分かれ、2本の信号機の赤が青に染まってぼんやりと霞んでいました。
一つは久大本線として三隈川に向かって左へ、もうひとつは日田彦山線として英彦山に向かって右へ。
駅のホームから、これほどはっきりと左右に線路が分かれていくのを見るのは初めてでした。
夜明駅の夜明けが素晴らしい、というのはきっとこういうことだったのでしょう。
新しい年の初めての朝が来て、夜明駅はその役割を終え、凛とした世界の中にただただ静かに佇んでいるようでした。
そろそろ出発の時間です。
日田の町から代行バスを乗り継いでやってきた人々を乗せた上り列車がゆっくりと夜明のホームに入ってきます。きっと次に日田に来る頃には線路も復旧して、またいつもの日常が戻っていることでしょう。
そうなると彼女が伝える日田の毎日が見られなくなってしまうのかもしれないな。そう思うと少し寂しい気がしました。
最後にもう一度、夜明駅の名前を記憶に焼き付けていこう。
そう思って「よあけ」という駅名標を振り返りながら列車に乗り込もうと思ったその瞬間、たった二両のディーゼルカーから飛び出してきた何かが僕にぶつかって、そのまま僕を夜明の世界に引き戻すように二歩、三歩とホームに押し戻したのでした。
新しい年の夜明けに間に合わなくてゴメンね。
でもまた来年の夜明けまで待つのは辛いから、明日の夜明けまで一緒に過ごしてもいいかな。
僕を見上げる彼女の視線との距離は、ほんの10センチほどしかありませんでしたが、今日は去年までとはちょっと違って、列車が大きく左にカーブを切って見えなくなってもいつまでも僕の目の前から離れることはありませんでした。
<了>
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