スポンサーリンク

南三陸防災対策庁舎と南三陸さんさん商店街@2015【宮城県】

2015年秋、僕は北海道の帰りに東日本大震災から4年半後の三陸沿岸を南下しながら帰ってきたことがありました。

釜石・大船渡・陸前高田・気仙沼といった町を通って最後に立ち寄ったのが南三陸町

ここも津波で大きな被害を受けた町で、特に震災遺構としてその存続が当時大きな議論になっていたのが「防災対策庁舎」

その後、結局この建物は震災遺構として宮城県によって保存されることが決まり、南三陸町震災復興祈念公園として整備されることになりました。

復興祈念公園がオープンすれば、町も震災遺構も僕が見た姿からは大きく変わることになるでしょうが、復興過程の記録として当時の姿をここに残しておきたいと思います。

スポンサーリンク

気仙沼線BRTで志津川へ

その前日、気仙沼に泊まっていた僕は、震災の被害を受けて不通になっているJR気仙沼線のBRT(バス・ラピッド・トランジット)で南三陸町へと向かいました。

津波の被害を受けていない区間は、旧気仙沼線の線路跡やトンネルをそのまま利用してバスが運行されています。

途中の本吉駅は、駅の直前まで線路をBRTの道路に改修しているので、ホームが半分引きちぎられたような形に見えてなんだか哀愁が漂っていました。

海岸沿いには、まだこんな状態のまま路線跡が残っていました。

前日の大船渡線の盛~気仙沼間や、気仙沼線のこの区間が鉄道としては廃止され、BRTでの存続となったのもやむなしですね。

そして気仙沼を出て1時間ちょっとで旧気仙沼線の主要駅だった志津川に到着します。

南三陸、というより「志津川」

テレビや新聞では「南三陸町」という呼び方で報道されることが多かったのですが、南三陸町の中心部の合併前の町名と駅名は「志津川」
本来の志津川駅はもう少し海岸沿いにあったのですが、津波ですべて流されてしまい、やや内陸に移ったこの場所にBRTの駅が新設されていました。

気仙沼線が志津川まで通じたのは比較的新しくて1977年のこと。明治30年頃から陳情を繰り返して、悲願80年でようやく鉄道がやってきた日には、全町民がお祝いに現れたのではないか、と思えるほどの歓迎ぶりだった、と故宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」という本で読んでいたので、「志津川」の名前は僕もずっと昔から知っていたのでした。

気仙沼線沿線、とくに志津川町民による鉄道敷設の陳情は明治30年頃から始まっており、悲願八十年と言われる。なにしろ三陸地方は津浪が多く、とくに湾口がラッパ状に開いている志津川町では津浪のたびに交通が途絶えて食糧が不足し、鉄道への願いは一層切実だったという

宮脇俊三「時刻表2万キロ」/1978年

その気仙沼線までもが津波の被害にあってしまうとは誰も予想しなかったこと、と思います。

僕も以前、仙台から気仙沼に向かうJRの「南三陸」という快速列車でこの志津川を通ったことがありました。
が、その時なぜか風邪で調子を崩していて、列車の中で朦朧として眠っていたのでしょうか、残念ながら当時の志津川の様子はあまり記憶に残っていないのです。

BRT志津川駅周辺の様子。

志津川も陸前高田同様、市街地のほとんどが津波で壊滅的な被害を受けたため、まだ復興どころか整地もままならない状況でした。

南三陸防災対策庁舎

志津川駅から大型のダンプカーが砂埃を上げてひっきりなしに行きかう道路を歩いて海岸方面に向かうと見えてくるのが南三陸町の防災対策庁舎跡。。

防災無線のマイクを握り、住民に避難を訴え続けたまま津波の犠牲になった女性職員をはじめ、ここで犠牲となった南三陸町の職員の鎮魂の場所として、献花台には多くの花や千羽鶴などが飾られていました。

この建物を震災遺構として残すことに対する賛否が議論されていましたが、僕が行った少し前に、この建物を2031年まで宮城県が管理(保存)することになったということでした。

残すことの是非を僕が語る資格はないのですが、実際に目の前にして感じた圧倒的な存在感は、陸前高田で感じたのと同じで、自分の目でホンモノを見ないと真実はわからないんだろうなあ、ということは間違いなく言えるのだと思います。

その後、この遺構を含む周囲一帯が南三陸町震災復興祈念公園として整備されることが決まったので、いずれ新しい姿になって公開されることになると思います。

南三陸さんさん商店街

志津川駅に隣接して「南三陸さんさん商店街」がありました。

朝早い時間のため、まだ開店していないお店も多く、お客さんもほとんどいませんでしたが、この日は祝日だったので、このあと観光バスなども立ち寄ることでしょう。

当時はまだプレハブづくりの仮設店舗がほとんどで、震災直後の傷跡が随所に垣間見られる商店街でしたが、その後2017年にリニューアルされ、現在はあの、隈研吾さんが監修し、南三陸の美人杉で建てられたおしゃれな商店街になっているそうです。

【南三陸さんさん商店街】南三陸町の復興商店街!2017年3月3日リニューアルオープン
南三陸さんさん商店街は飲食店やお土産屋28軒が軒を連ねる、南三陸の大型観光施設。建築家

当時商店街の前に設置されていたモアイ像。
なんちゃってモアイ像には違いないのですが、こういうのを見るとなんとなくほっとします。

志津川駅に戻ると、BRTの駅には女子中高生が列を作って大勢並んでいました。
シルバーウィーク最終日、仙台あたりに買い物に行くのでしょうか、なんだか少しホッとしました。

こりゃ、たった1台のBRTじゃ満員になっちゃいそうだなあ、と思っていたのですが、彼女たちはやがてやってきたBRTにはほとんど乗りません。

仙台に直通する高速バスはこの駅は通らないはずなので、彼女たちがここで何を待っているのかはわかりませんでしたが、いずれにせよBRTは、昨日までと同じようにやはり数人のお客さんだけを載せただけで志津川をあとにしたのでした。

<2015年9月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください

南三陸防災対策庁舎と南三陸さんさん商店街 基本情報

時刻表2万キロ(Amazon)

イメージ(転用禁止)

南三陸のおすすめホテル/南三陸ホテル観洋(るるぶトラベル)

Ⓒ南三陸ホテル観洋(転用禁止)

コメント

タイトルとURLをコピーしました