都営最長距離路線バスで出会った不思議な女とともに、まるで安部公房の「砂の女」の世界へと迷い込んでしまった僕。
砂の館に女と共に幽閉されたまま、蟻地獄のように一生抜け出せないのでしょうか。
(これは全3編中の最終章です)
そして砂丘
目覚めると、そこには誰もいませんでした。
家の中から砂は消え、渇きも、昨日のような喉の痛みも、もうありませんでした。
ただ、砂と一緒に、女もどこかに消え去ってしまったようでした。
家の外に出ると、目の前の高い砂の壁には、いつの間にか縄梯子がかかっていました。
どうやら僕は元の世界に戻れるようです。
ただ、この梯子を上って地上に出てしまうと、もう二度と彼女には会えないような気がしました。
「砂の女」の物語の中では、女の家に囚われた男は、最初の頃は何度も脱出を試みたものの適わず、結局最後は自ら選んで女の家に残る、という結末で終わるようです。
縄梯子を登り、一歩一歩元の世界へと近づけば近づくほど、そこに残った男の気持ちも少しは理解できるような気がしました。
地上に顔を出すと、外には見慣れぬ景色が広がっていました。
目の前には荒涼とした砂丘が、そしてその向こうには朝の穏やかな海が広がっていました。
いつの間にか、僕は青梅とは全く別の場所に来てしまったようでした。
海岸から陸の方へ砂丘を横切り、丘の頂上のあたりの獣道のようなところを抜けると、その先に集落がありました。
浜風で砂が舞い込んでくるのでしょう、家々の周りには厳重な砂囲いが巡られています。
集落の畑も、よく見てみると砂ばかりです。
さらに丘を陸地側に下ると、集落の中心が見えてきました。
「浜中」という表示があります。
どうやらここは山形県の酒田と鶴岡の間に広がる、庄内砂丘の中にある集落だったようです。
安部公房は、飛砂の被害に苦しめられている庄内砂丘の寒村の姿を写真でみたことから「砂の女」の着想を得たのだ、という話を聞いたことがあります。
きっとそれはまだ日本が戦後復興途中で貧しかったころの、このあたりの集落の姿だったのでしょう。
そう、僕(たち)は、いつの間にか「砂の女が生まれた場所」へと瞬間転移していたようでした。
しかし、現在のそこは、飛砂を避ける頑丈な塀に囲まれてはいるものの、もう絶望的な寂しさや貧しさを感じるほどではありませんでした。
ホテル夕陽。
日本海に面した砂丘の頂上付近から見る夕陽は、確かに格別でしょう。
ちょっとみただけではこのホテルは今も営業しているのかどうかはわかりません。
けれどもこの建物だけは、絶望的な貧しさと息苦しさ、そして底知れぬ妖しさを持っていた、あの女の部屋のような匂いを、今もなお感じることができるような気がしました。
女のことを思うと、僕の渇いたからだに水がしみわたってゆくのがわかります。
僕に必要だったのは砂ではなく、本当は水だったのかもしれません。
集落を抜けてさらに内陸の方に歩いて行くと、ほどなく庄内空港へと行き当たりました。
ターミナルビルを入ると、本数は少ないながらも、東京行き、大阪行き、という行先掲示板が見えました。
ちょうど東京からの朝の便が到着したばかりで、空港ロビーはしばらくの間、観光客や商用客、帰省客などが発する小さな日常の幸せで溢れかえっていました。
この砂丘のどこか深い穴の中では、今なお砂の女が、渇きを抱えた男たちがやってくるのを待っているのかもしれません。
けれども、そんなこと、きっと僕以外は誰も知る由もありません。
<第三章・完結>
<2014年9月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください
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