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ペンフレンド【北海道川上郡弟子屈町美留和】

北海道のずっと東のほうに美留和(びるわ)という美しい名前の場所があります。

僕はもう30年以上も前、そう、小学校6年生から中学の3年生まで、そこに住むあるひとりの女の子と文通をしていました。
どうして彼女と文通なんかを始めたのか、その詳しいきっかけは今ではもうすっかり忘れてしまいましたが、その見知らぬ女の子から届いたはじめての手紙に書いてあった、その「美留和」という住所の透明な響きと、丁寧に小さく書かれてはいるけれど、どこか不思議な意思の力を感じさせる彼女の筆致に、ココロの片隅をキュッとつねられたような気持ちになったことを覚えています。

彼女と手紙で話していた内容は、自分たちの住む町のことや学校のこと、夏休みの出来事やテストのことなど、当時の普通の小学生や中学生が話していたような他愛のないことばかりでしたが、僕はいつの間にか、遠く離れた北海道という未知の土地から月に1回か2回やってくる、その手紙を毎日心待ちにするようになっていました。

そう、彼女がなにげなく話してくれる美留和の話が、僕はとっても好きでした。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

風祭くんもご存知のように私の家の住所は「北海道川上郡弟子屈町美留和」です。
1丁目も1番地も1号もありません。
だって私の家から5km四方に、たぶん「池田」なんて苗字の人は私の家族しかいないから。
だから風祭くんの家のように住所にたくさん数字が並んでる場所ってどんなところなんだろう、ってとっても興味があります。
きっとビルや商店街がどこまでも続いていて、おいしいケーキ屋さんとか、たくさんの雑誌が並んでいる本屋さんとか、いつも最新の作品を上映している映画館があるんでしょうね。
いいなあ、いってみたいなあ。
でも私みたいな田舎の子はきっとそんなところには住めないんだろうけど。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

ねえ、知ってる?
私の通う美留和小学校って、全校生徒で12人なの。
6年生は私ひとりで、あとは5年生と2年生が3人で4年生と3年生が2人づつ。今年の新入生もひとりっきり。
おまけに私のおとうさん、その小学校の先生なの!
だからこの3年間、毎日おとうさんの授業があるし、しかも私は今年6年生で最上級生だから、なにかあると全部私ひとりが怒られるの。
来年から中学校だから、あと1年の我慢なんだけど、おとうさんも美留和中学校に転勤になっちゃったらどうしよう!って今から悩み中なの。
だからもしそうなっちゃったら、風祭くんのところに引っ越しちゃうかも。
そのときはヨロシクね!

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

突然ですけど・・・風祭くんって彼女はいるんですか?
急にこんなこと聞いてごめんなさいね。
実は中学になって初めてできた私の唯一の同級生(もちろんすぐに親友になりました)が、高校生の先輩と付き合うことになったみたいなんです。
もちろん私の友達でそんなことになったひとって初めてだから(田舎ものって笑っちゃイヤよ、だって私の近くには恋人になれそうな人って本当にいないんだから・・・)なんだか不思議な感じで。
風祭くんにもし彼女がいるのなら、どんな女の子なのか、とか、どういうきっかけで付き合うようになったのか、とか、どんなデートしてるのか、とかいろいろ聞いてみたかったんです。
でも、もし風祭くんに彼女がいなかったら、ちょっとお願いしたいことがあります。

その親友にね、彼はいないの?って聞かれたとき、私、風祭くんの名前を言っちゃったの。文通している東京の男の子だって。
とってもやさしくてカッコいい人だよ、って。
だってちょっとだけ悔しかったんだもん。
逢ったこともないのに、お互いの顔さえ知らないのに、私ったらそんなこと言っちゃって・・・
遠く離れてるから、絶対にバレるわけないんだけど、なんかすごく罪悪感があって、風祭くんには謝っておきたかったの。
ごめんなさいね。
お詫びにってわけじゃないけど、修学旅行で札幌に行ったときに撮った、私の写真送りますね。
もしよかったら風祭くんの写真もください。友達に見せたりはしないから。。。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

彼女から送られてきた手紙の中には、札幌の時計台の前でちょっと首をかしげながら控えめにピースサインをしている制服姿の小さな女の子の写真がありました。
透き通るような白い肌の上の、赤いマフラーと手袋がとてもまぶしく見えました。
その手紙が届いてから、僕は一週間もの間、学校から帰ってくると机の引き出しの奥にしまったその写真を、毎日毎日起きているあいだじゅうずっと眺めていました。

そして僕はずっと悩んだ末に、自分の中学の同級生の写真を入れた手紙を彼女に送りました。
なぜそんなバカなことをしてしまったのか、みんなそう言うでしょう。
僕だって今は、そう思ってほんとうに強く反省しています。
でもその当時の、15歳になったばかりの僕は、きっとそうせざるを得なかったのだと思います。
野球部だった僕は、そのころはまだ坊主頭で、とてもじゃないけど、彼女が想像するような、都会のスマートなオトコではない、と思っていたからです。
そう、その美しい名前の場所に住む、美しい女の子にはきっとふさわしくないオトコだ、と。

結局、僕が彼女に送った手紙は、それが最後となってしまいました。
『風祭くん、素敵な写真ありがとう。写真だけでも逢えて本当にうれしいです』
彼女から来た返事のその文面を見て、もう、これで終わりにしよう、と思ったからです。
『もしかしたら、本当に逢うことは一生ないかもしれないけれど、私の最初の恋人は、風祭くんでした、って思うのだけは、許してくださいね・・・』
それが本当の僕に向けて発せられた言葉ではない、と思うのがとても辛く感じたからでした。
写真の中央で満面の笑みを浮かべている、背が高くて髪の長い、クラス一の人気者の男の子の横に写っていた、まだ伸びきっていない坊主頭の僕に向けられた言葉ではない、ということが。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

最後の手紙から数年後、北海道の大学に進学していた僕は、ある年の夏休みにひとりで美留和を訪れたことがあります。
もちろん彼女には内緒でした。
ただ、彼女がその手紙の中で話してくれたその美しい土地を、一度でいいからこの目に焼き付けておきたかったからでした。

貨車を改造したような小さな無人の駅舎と、短いホームがたった1本だけの駅を降りると、駅前のまっすぐな道に沿って数軒の家があるほかは、彼女が言っていたように、そこは白樺や名も知らぬ木々の原生林、そして広大な牧草地となだらかな丘がどこまでも果てしなく続く、静かな、静かなところでした。
結局、彼女が住んでいる(あるいはかつて住んでいた)家を探し出すことはできませんでしたが、なぜだかようやくこれで彼女に許してもらえるような気がしました。

それ以来、もうずっと長い間、僕はそんな出来事を忘れていました。
なぜ今になって急に彼女のことを思い出したのか、そしてなぜもう一回彼女に手紙を書いてみようなんて思ったのかわかりません。
ただ、北海道を旅する前になんとなく地図を見ていて、美留和という地名がぼんやりと目に入った瞬間、僕は発作的に彼女への手紙を書き出していたのでした。
30年ぶりの、着くあてのない、長い長い手紙を。

それはびっくりするほど早くやってきました。
「美留和」という、今もなお変わらない透明な響きの住所と、こころもち大人びた形に変わってはいるものの、丁寧に小さく書かれて、どこか不思議な意思の力を感じさせる筆致で記された、あの彼女からの返事が、僕のもとへと届けられたのは。

『北海道にいらっしゃるのなら、是非美留和までお越しください』と。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

本当の風祭くんがどの人だったのか、ホントは私、知ってたのよ。
僕が30年前についたウソを謝ると、彼女はそう言いました。
だって私たち、4年間も文通してたんだもん、そんなのすぐわかるに決まってるじゃない。

僕たちは、美留和駅の誰もいない小さなベンチに座っていました。
僕が黙り込むと、白樺林の間からやわらかく差し込んでくる木漏れ日と、時折聞こえる甲高い鳥の鳴き声だけがあたり一面を支配していました。

あのとき、私、こう思ったの。
あぁ、やっぱり風祭くんには彼女がいるんだ、だから違う人の写真を教えたりするんだな、って。
私が勝手に恋人なんて言ったのがいけなかったんだな、きっと嫌われちゃったんだな、って。

あのときの写真の女の子が大人になると、今、僕の隣に座っている彼女になるんだろうか?
なんて話していいのかわからずに、僕はぼんやりとそんなことを考えていました。
そうなるような気もするし、そうならないような気もする。でも、赤いマフラーと手袋は、今でもきっとすごく似合うんだろうな、と。

「私ね、家族はみんないなくなっちゃって一人っきりになったくせに、今でも一丁目も一番地もないまま、ずっと同じ家に住んでるのよ。おまけに今ね、美留和小学校の先生をしてるの。たった6人の生徒と。ホント、あの頃と全然変わらないままなの、笑っちゃうでしょ?」
「いや、僕だって坊主頭からようやく髪の毛が伸びただけだよ」
「ねぇ、坊主頭の風祭くんもとっても素敵だったのよ。でももちろん今の風祭くんのほうがもっと素敵に見えるけど」

だって30年かけて初めて出逢えた初恋の相手なんだから。
そう言うと彼女は僕の手を取って立ちあがりました。

また30年後まで逢えないと寂しいから、今日はうちに遊びに来てね、と。

<了>

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