岩手県の八幡平といえば、手つかずの大自然が残る山岳地帯、というイメージがありますが、実はここにかつて巨大な山岳団地があり、今はただひっそりとその廃墟だけが残されています。
僕はこの場所をなんとなく知っていて、行きたいところリストにも入れてあったのですが、あるときはライター友であり、あるときはあやしいスポットでの密会相手であり、あるときは永遠のライバルでもあるsaori(@saorigraph)に触発されて、突如思い立って出かけてしまった時のお話です。
高原に突如現れる異様なアパート群
八幡平へ向かうアスピーテラインを走っていると、高原風景の中に突然ただならぬ空気を漂わせた建物群が見えてきます。
上の写真は、八幡平山頂から下界へと下るときに撮ったものですが、上りよりも下りのほうがその姿がよくわかります。
その途中に「緑ヶ丘」という、まるで東急田園都市線にあるような名前のこのバス停があります。
しかし、その後ろにはこんな物騒な看板が掲げられているのです。
かつてここには「松尾鉱山」と呼ばれる東洋一の硫黄鉱山があったのですが、1969年に閉山し、今は鉱山跡地となっています。
現在は広大な敷地に廃墟となったアパート群が残っているだけなのですが、その景観が「北の軍艦島」といわれるほど壮観なことで知られています。
こんなところに学習院が!?
アパート群は私有地のため立ち入り禁止となっていますが、鉱山の廃坑から流出する排水の中和処理施設に続く公道がありますので、そこを歩いてみます。
さっきまで八幡平アスピーテラインだった県道23号線から脇道に入るとすぐにあるのが、学習院八幡平校舎跡地。
おおお、ここにこんな学び舎があったのですねー。
この校舎は松尾鉱山にあった松尾鉱山病院を譲ってもらった建物で、平成18年まで学習院の運動部や文化部の合宿地や冬のスキー場の宿として使われてたとのことですが、意外と最近まであったんですね。
学習院、特に中高の卒業生には懐かしい場所みたいです・・・が、病院跡地とかすぐ近くにそびえる廃墟アパート群とか、中高生にはなかなか刺激的すぎる場所だったんじゃーないかと容易に想像されます。
あ、でも学習院とかだとそーゆー下世話な大騒ぎはしないのかな・・・
さて、その学習院跡の敷地を出ると目の前に現れるのが、この景観。
八幡平の山々をバックに立っているのが「松尾鉱山緑ヶ丘アパート跡」
そうか、確かにここも当時は笑顔あふれる「緑ヶ丘」だったんでしょうね。
最盛期には、従業員約4,000人、家族を合わせると約15,000人がここで暮らしていたそうです。
学校はもちろんのこと、病院や図書館、娯楽施設もあり、標高1000メートルの「雲上の楽園」とも言われていた松尾鉱山。
軍艦島のような狭隘な密集空間とは違い、ここは広大な高原地帯ではありますが、歴史的・文化的には非常に近いものがありますね。
松尾鉱山緑ヶ丘アパートは崩壊の危険もあり、現在は立ち入り禁止になっていますが、廃墟マニアやサバゲーの会場として密入者が絶えないのだといいます。この日も何台かの車が道の途中に停まってたので、もしかしたら中に潜入してる輩がいるのかもしれません。
でも仮に立入禁止じゃなかったとしても、藪と草で覆われたアパートまでの道を進むのはかなり厳しそうだし、もちろん崩落も怖いので、とてもじゃないけど僕は中に侵入する勇気はないなあ、って感じ。
このアパートの横にあった生活学園という校舎跡に「赤い部屋」と呼ばれる、壁一面が真っ赤に塗りつぶされたアートというかおどろおどろしいというか、とにかく一部マニアには非常に有名な教室があり、それは見てみたかったのですが、今は解体されてしまったようです。
実はこのsaoriの書いたブログを見てうっかりここに来てしまったのです。
このブログの公開が5月9日で、僕がここに来たのが6月8日。
悔しいけどすっかり触発されてんじゃねーか!
松尾鉱山緑ヶ丘アパート跡に接近
坂を下っていくとアパート群の全貌が眺められます。
本当はもっとたくさんの建物があったのですが、廃鉱後、消防実験のため焼き尽くされてしまったのだそう。
全部残ってたら壮観だったでしょうね。
道路わきにあって一番近くまで近寄れる建物は独身寮だったもの。
ここはですね、近寄れちゃうんですよ、目の前まで。
その気になれば中に入れちゃいます。
ううう、入ってみたい・・・
でも中に潜んでイチャイチャしてるカップルとかいたら気まずいので我慢の上に我慢を重ねて踵を返します。
敷地の向こうには巨大な堤防があって、ため池のようなものがあるのだそうです。
それは今でも排出される松尾鉱山の有害な廃水を処理したあとに貯泥するダム。
坂を下り終わったところに再びこんな看板が。
この先に中和処理施設があるようですが、とうとう道路も関係者以外立ち入り禁止となってしまったので、ここで折り返します。
この先、マジでやばい感じの看板だしね。
ちょっと視点を変えれば、自然あふれる高原の湿地帯にも見えるんですけどね。。。
廃墟を「美しい」とまで思う感覚は僕にはないんだけど、廃れゆくもの、朽ち果てて再び自然に還ってゆくものへの敬畏のようなものは持っていて、ここはそれを十二分に感じさせてくれるところなんだけど、この何とも言えない感じ、なんだろう。
同じ廃鉱・廃墟でも軍艦島みたいに観光地化されているわけではないので、すごく後ろめたさがあるし、人が少なくて静かなのはいいんだけど、どこかに潜んでいた犯罪者が急に飛び出してくるかのような怖さがあるからなのか。それとも八幡平のこの大自然との、決定的なアンバランスさが不安を感じさせるのか。
結局それが何なのかわからないうちに盛岡行きの最終バスの時間になってしまったのでした。
<2018年6月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください
八幡平・松尾鉱山緑ヶ丘団地跡の基本情報
八幡平への旅
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