山陽新幹線の新倉敷駅から南へ進むと「玉島」と呼ばれる古い港町があります。
かつて北前船の寄港地として賑わった玉島には「天満町遊郭」と呼ばれる花街があって、今もその名残を色濃く残している、ということで行ってみたのですが、実際は町全体が「レトロの聖地」と呼んでもいいレベルのすごいところでした。
初めて降りたつ新倉敷駅
玉島地区への最寄駅は新幹線の「新倉敷駅」。
新倉敷は、倉敷の中心市街地からはかなり離れた場所にあるので、降り立ったのは初めてでした。
東京や大阪方面から倉敷に行くなら、岡山までのぞみで行って在来線に乗り換えるのが圧倒的に便利なので、なんでこんなところに、と思っていたのですが、調べてみるとこの駅は新幹線開業前までは「玉島駅」と呼ばれていたようですので、きっと玉島地区のためだったんですね!(本当はたぶん政治的なアレかもしれませんが…)
これから向かう玉島は、現在は倉敷市の一部となっていますが、かつては「玉島市」として独立した自治体でした。
玉島はかつて千石船で栄えた港町で、現在も当時の繁栄をしのばせる伝統的な建物の町並みや昭和レトロな商店街が残っているところ。
新倉敷から玉島まではバスで行くつもりだったのですが、年末年始で運休だったため、小1時間ほど歩いて行くことにします。
最初に向かったのは玉島の中心市街地からさらに南へ1キロほど行ったところにある旧天満町と呼ばれる場所。
このあたりから、かつて「天満町遊郭」と呼ばれたディープな一角が広がっています。
旧天満町遊郭の町並みめぐり
高梁川河口の運河沿いの道から一本内陸に入ると、先が見通せないようくねくねと曲がりくねった道が続きます。
そしてその街道沿いに、かつては妓楼であったと思われる建物が並んでいます。
いいですね、今でも奥の小部屋でひっそりと、当代きっての花魁、吉野とかが僕を待ってそう。
この丸窓とか、透かし彫りの入った手摺がいかにも妓楼、という感じがしますが、時代劇とか浮世絵とかで見る吉原の妓楼なんかにくらべるとめっちゃ小ぶりなんだけど、やっぱここでもこの飾り窓越しに顔見世とかやってたのかな?
一度、そーゆーの見てみたかったな。。。
と思ったら、若かりし頃、大阪の飛●新地で見たことがありました。
見ただけですが。たぶん。
旧天満町のシンボルと天満宮のバス停墓場
このあたりは、そのほかにもディープな建物がたくさん残っています。
お、なんか宙に浮いてる感ある建物発見!
そしてこの旧天満町のシンボルともいうべき建物の前に到着。
うぉぉぉぉ、かっけー!
このめちゃくちゃ細身の3階建ての建物もかつては妓楼だった物件。
屋号と家紋?っと思ったら、これは天理教の紋章のようです。
実は僕はこの建物の横にある鳥居の先に行ってみたかったのです。
階段を上っていくと、この地名の由来となった「天満宮」があるはずです。
天満宮の小さい2つの祠は残っていましたが、肝心なブツが、あれれれ、ないぞ!
実はこの場所はバス停の墓場のようになっていて、老朽化したり路線が廃止されたりして役目を終えたバス停が、たくさん眠っているスポットとして知られていたのです。
知られてはいないか。
ごく一部のB級マニアをのぞけば。
ちなみにかつてはこんな場所だったんですが、きっと片付けられちゃったんですね。
玉島天満の遊郭跡にある鳥居をくぐると、死期を感じたバス停が自ら移動して力尽きるという伝説があったらおもしろい「バス停の墓場」にたどり着きました。https://t.co/6YYiZ6t1xS pic.twitter.com/W7IKsLj3IS
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残念です。。。
玉島の昭和レトロ聖地級の町並み
旧天満町から運河沿いに玉島の中心市街地方面へと戻ってみます。
実はこの玉島のまちなかにも、古い町並みがふんだんに残っているのです。
昭和の雰囲気をそのまま残している場所も多いため、映画やドラマのロケ地としても人気のスポットで、あの「ALWAYS 三丁目の夕日」のロケ地としても使われたようです。
玉島は、あまり知られてないけど、個人的には昭和レトロの町並みの、聖地レベルに認定してもいいんじゃないかと思います。
例えばこの、なんともエモい三差路とか。
こんな感じのアーケード街とか。
こんな感じの商店街とかね。
年末年始でぜーんぶ休みだったけど。
町なかのビルの上っぽいところに神社があったので、登ってみます。
B級かと思ってたら、羽黒神社という立派な社があって、初詣の人がけっこうたくさん来てました。
反対側に本来の参道がありましたね。
羽黒神社から眺めた玉島の町並み。
かつてこの町にも3つも4つもアーケード街があって賑わってたようですが、今はひっそりとしています。
本当は時間があればもっとゆっくりしたかったんだけど、バスも動いてないし、帰りも新倉敷まで歩いて戻らなければならなかったので、うしろ髪をひかれつつ想像以上にディープだった玉島をあとにしたのでした。
<2019年1月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください
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