旅先の町で目覚めた朝、生まれて初めて通る道をあてもなく散歩するのが好きです。
高松で僕がその日向かったのは屋島。
本当は山頂まで登るつもりだったのですが、上まで行かなくてもいくつもの新しい発見があった、素敵な旅先散歩のプレゼントでした。
早朝の「ことでん」乗り過ごし事件
ことでん(高松琴平電気鉄道)の起点である「高松築港駅」の始発電車は午前6時。
まだ暗い高松のホテルを出て、この日はその始発電車に乗って屋島まで行き、歩いて屋島山頂まで行ってみようと思っていました。
ことでんは、高松築港駅から金刀比羅宮の門前、琴電琴平までを結ぶ「琴平線」、さぬき市の長尾までを結ぶ「長尾線」と途中の瓦町から東部の町、志度までを結ぶ「志度線」の3路線があります。
屋島に行くには、琴平行きに乗って途中の瓦町で志度線に乗り換えることになります。
ところが何を勘違いしたのか、気づいたら栗林公園駅でした。
うっかり瓦町過ぎてしまったんですね。
しかたなく、引き返す電車が来るまで、駅の周辺を散歩します。栗林公園までは歩いて5,6分くらいでしょうか。
時間もないので、この時は公園には入らなかったのですが、この看板が見られたから良しとします。
一度に4つの県庁所在地が入ってる方面標識って、なかなか萌えますよね!
高松ではときどきこれ見かけます。
やってきた高松築港行きの列車に乗って、今度は瓦町で志度線に乗り換え。
琴電屋島駅に着くと、駅舎からもこの眺め。カッコいい!
琴電屋島の駅舎も素晴らしいな、とか思ってたけど、予定より1時間も遅くなちゃったので、徒歩での登山は難しいかな。
屋島ケーブルの記憶を残す廃墟
屋島山頂にはここからバス路線もありますが、まだ早朝のため運行前。しかたなく駅前の道を登って行くと、思わぬものを発見してしまいました。
屋島駅から坂を登った突き当りは、かつて屋島ケーブル登山口駅だった場所のようでした。
屋島ケーブルは2004年に営業休止になったということなので、もう20年近くもこの状態で残っているんですね(車体は一度塗りなおされたようです)。
驚いたことに、車両のドアは開放され、中にもそのまま入れるようになっています。
ケーブルカーの視線の先には、屋島山頂まで、まだそのまま残る軌道。
さすがに20年の時が流れて、草木に覆われ始めています。
でもこうしてみていると、今にもごとごとと音を立てて動き出してもおかしくなさそうでした。
廃墟といえば廃墟なのでしょう。
でもここには手つかずで放置されているというより、かつてここにあったいくつもの記憶を残すために、そっとそのまま置かれている、という感じがしました。
屋島神社からの讃岐平野眺望
屋島ケーブル跡の横の坂道を登っていくと屋島神社の境内に出ました。
秋の朝の光に染まって神々しさ満点ですね。屋島、こんなにカッコいいとは思いませんでした。
屋島神社は、1804年に第八代高松藩主の松平頼儀が、徳川家康を祀るために造営した社殿。
いわば徳川家康の神廟で、讃岐東照宮とも呼ばれています。
早朝のため、まだ門は閉ざされていたのですが、本殿を見守るように、うしろに屋島がそびえていました。
けれどもここでもっとすごかったのは、屋島神社から眺めるこの讃岐平野の眺望。
一直線に伸びる参道の向こうに高松市街。
そしてその向こうには、讃岐の山々にかかる雲海と遠く四国山地の山々。
屋島ケーブル跡も予想外だったけど、この眺望も予想外でした。
まさに旅先の早朝散歩のプレゼントですね。
これも早朝散歩のプレゼント?
屋島山頂まで登れなかったので、代わりに高松市街までの約7キロを走って戻ることにしました。
高松港の入り江の向こうの屋島に見守られながら、海沿いを爽やかに駆け抜ける僕の前に、突然華やかな建物が並ぶ一画が見えました。
なんかカッコいい!お城もある!
でもその上にセクシーなお姉さんの絵もある!
よく見ると「多恋人(タレント、と読みます。たぶん)」とか「金瓶梅」とか書いてあるぞ。
新宿とか横浜とか吉原でもよく見るやつですね。
そうかー、高松、そうきたか。
ムダに瀬戸内をバックに爽やかに現れないでほしいぞ。
最後にめっちゃ予想外なのも来たけど、これも旅先の早朝散歩の宝石みたいなプレゼントですね。
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