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やっぱり世界のマツイ!松井秀喜ベースボールミュージアム【石川県】

石川県が世界に誇る企業といえば、小松市が発祥である世界の「コマツ」(旧小松製作所)ですが、世界に誇る偉人といえば、小松市の近くで生まれ育った世界の「マツイ」

ある年、朝日新聞の「あの夏」という甲子園名勝負の連載で「星稜VS明徳義塾 伝説の5打席連続敬遠」の物語を読んで、松井秀喜という男に改めて興味が出てきたこともあり、彼の生家にできた「松井秀喜ベースボールミュージアム」を訪れたのでした。

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松井秀喜ベースボールミュージアムとは

松井秀喜さんは石川県能美郡根上町(現:能美市)という小松の隣にある小さな田舎町の出身。
その松井選手の育った家の隣りにあるのが、松井秀喜ベースボールミュージアム。

まるでメジャーリーグの発祥の地、アメリカのクーパーズタウンを思わせるような素晴らしい天気ですね。行ったことないけど。

中に入る前に外をブラブラ見て歩いていたら、すぐ裏のほうに「松井」さんという表札の家がありました。

まあ、これが今の松井家なんでしょうね。
本人はここには住んでないでしょうけど、さすがに立派ですな。

松井さんのお父さんがこのミュージアムの原型となった「松井秀喜 野球の館」を作ったのは、彼が巨人に入団した翌年の1994年。
やがて彼の活躍とともにその施設が手狭になったため、2005年に新たに現在の建物を作り、名前も「松井秀喜ベースボールミュージアム」としたのだそうです。

それにしてもこの蝋人形?よくできてます。
遠くから見たら、まるで本人がココで出迎えているみたいに見えます。

館内では彼の少年時代からはじまって、中学、高校、そしてプロとして日本から世界へと飛び立っていった歴史が紹介されています。

衝撃の甲子園5打席連続敬遠

僕にとっての松井秀喜といえば、やはり彼の星稜高校時代の甲子園での5打席連続敬遠(敬遠とはわざと打てないボールを投げて、勝負しないこと)。

大会屈指というか、高校野球の長い歴史の中でも屈指の強打者と呼ばれる彼を中心に優勝候補として臨んだ最後の甲子園。
2回戦の対戦相手、明徳義塾高校は、彼を全打席敬遠し、一球たりとも勝負しなかったのです。
これが伝説の5打席連続敬遠。

結果星稜高校は3対2で敗戦し、その試合、松井は一度もバットを振らないまま甲子園を去ったのです。

世論の大半は高校野球は教育の一環なので正々堂々と勝負すべきだ、という意見であった反面、勝負である限り、ルールに反しているわけでなければ作戦としては当然だ、という意見もあり、当時これは大きな社会問題になったのでした。

当時の僕はもちろん正々堂々派だったので大いに憤慨し、正直なところその後は明徳義塾の馬淵監督に対し憎き悪役というイメージを持っていたのですが(最近は好々爺に思えてきました)、このミュージアムに来て、当事者である松井さんが一番大人だったということがよくわかりました。

どーですか、この山下監督の言葉。
普通の高校生だったら投げやりになってふてくされり、睨みの一つや二つをきかせてもいいようなもんですが、松井は違ったのです。

松井さんは中学生の頃、敬遠されて相手ピッチャーを睨みつけ、バットを放り投げて一塁へと歩いたことがあったそうです。
試合後、コーチに呼び出された松井さんは『大事な野球道具を粗末にする者に野球をやる資格はない。そして、敬遠はルールで許されている立派な作戦だ。相手をにらみ、ふてくされた態度のお前の方がよほどマナー違反だ』と言われたそうです。

そんな裏話もあったんですね。

阿久悠さんの「甲子園の詩」がまた泣かせる

翌日のスポーツニッポンに載っていた阿久悠さんの詩
僕は今でもこれを鮮明に覚えています。
すごくいい詩なのでそのまま転載します。

あなたは たぶん恨みごとを云ったり作戦を誹謗したりはしないだろう。

無念さは、おそらく青春期の総決算のような形で猛々しく噴出を待っているだろうが、あなたはそれを制御し次なる人生への勲章にしエネルギーにしてしまうに違いない。

感情を小出しに爆発させその時その時の微調整を繰り返し、如何にも活力あり気に振る舞う人とはあなたはスケールが違う。

ドンと受け止めて、いつか やがて、まるでこの日の不運が最大の幸運であったかのように変えてしまうことだろう。

バッターボックスの中で、微動だにしなかった態度を称える。

ブーイングに便乗しなかった克己心を何よりも立派だと賞める。

照れたり、くさったり、呆れたり、同情を求めるしぐさを欠片も見せなかったことを賛美する。

一振りも出来ないまま一塁ベースに立ち、瞑想していた男の顔を惚れ惚れと見る。

あなたの夏は、いま 無念の夏かもしれない

が、流れの中で自分を見失わない。

堂々の人間を証明してみせた圧倒的に輝く夏だったのだ。

阿久悠 甲子園の詩「敗れざる君たちへ」

阿久悠さんの詩のとおり、松井さんはその後伝説の男になっていきました。

「自分自身があそこで敬遠されたバッターだということを、どこかで証明しなくちゃいけないっていう気持ちが、心の中のどこかにあった」と話していた松井さん。

もしかするとこれが、松井さんが日本で、そして世界で活躍する原点になっていたかもしれない、と思うのです。

巨人からヤンキース。日本の松井から世界のMATSUIへ

ってなわけで高校野球ネタになるとちょっと熱くなっちゃいますが、あとはさらっと。

ご存知のように高校卒業と同時にドラフト1位で巨人に入団し、主砲として活躍したあとは海を渡ってメジャーリーグに挑戦し、ヤンキースで世界一の原動力に。そして国民栄誉賞

彼はもちろん野球選手としてもすごいんだけど、人間的にはもっと素晴らしく、みんなに愛されてたんだなということを実感したベースボールミュージアムでした。

とはいえ聖人君子っぽくなくって、なんとなくお茶目なキャラなところがいいですよね


野球好きじゃない方にも、ぜひおススメしたい場所です。

感動して、売店で「松井秀喜サブレ」だの「松井家秘伝のカレー」だのを買いあさっていたら、なんと売店のレジを打っていたのは松井さんのお母さんだったようです。。。

松井家秘伝のカレー(Amazon)

イメージ(転用禁止)

<2016年8月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください

松井秀喜ベースボールミュージアムの基本情報

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