根室本線の落石駅。
終点根室駅の4つ手前、日本最東端の駅「東根室」から3つ手前という、ほぼほぼ日本最東端にある、ちょっと海からの強い風が吹けば飛んでいってしまうような小さな駅です。
僕がここにやってきたのはほんの気まぐれだったのですが、この駅に降り立ったとたん、何とも言えないやさしくて、あたたかくて、ちょっと寂しい気持ちになりました。
そしてこう思ったのです。何があってもこの駅は残してほしいな、と。
HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パスで遠くへ
2020年の夏から秋にかけて発売された「HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス」。
この切符には新型コロナウイルスにより影響を受けた観光業を支援するための補助金が投入されていたため、特急を含むJR北海道全線が6日間乗り放題で12000円という、かつてない破格の周遊パスでした。
僕は北海道旅行中にこの切符を使って道北方面に4日間で行く予定にしていたのですが、残りの2日間を余らせてはもったいない、ということで、2日間でできるだけ遠くへ行くことにしたのです。
道南はすでに回ってきたし、道北にはこれから行くので、道東方面に向かうしかありません。
札幌ー網走ー釧路―札幌とぐるっと1周してきてもいいのですが、これはほぼ毎年やっているので、しばらくの間、行っていなかった釧路から先、根室方面へ行ってみることにしました。
札幌から特急で釧路まで行き、根室行きの快速ノサップ号に乗り換えます。
ここから先の通称「花咲線」は個人的に日本の鉄道路線の中でも至宝の絶景車窓区間だと思っています。
本当は終点の根室まで行こうと思っていたのですが、時間の関係上、根室駅でそのまま折り返し列車で帰らなければならず、わずか10分少々しか滞在できないことになります。
そこで今回は根室の手前の、今まで降りたことのない駅に行ってみることにしました。
釧路を出て茫洋たる湿原をひたすら走り続けてきた花咲線は、落石駅の手前で太平洋の海岸段丘の上に出て、しばらくの間海を見下ろしながら走ります。
どうせならこの海の近くの駅がいいな、と思って時刻表と地図を見くらべると落石、昆布盛あたりがよさそうです。
かつてはこの近くに「花咲」という駅もありましたが、残念ながら2016年に廃止されてしまいました。
昆布盛という名前にも魅かれたのですが、快速の通過駅になっていたので、落石駅に降りることにしたのです。
優しくてあたたかい、落石駅の待合室
落石駅に降りたのは僕ひとり。
列車が去り、警報機の音が消えてしまうと、こんなによく晴れた日中なのに、あたりは静寂に包まれました。
ホームから待合室に入ると、柔らかな9月の北海道の午後1時の日差しに包まれて、そこにはあたたかい空気が流れていました。
無人駅となって、すっかりスペースが空いてしまった待合室には、カラフルなベンチが整然と並んでいました。
そしてその一つ一つに、手作りのあたたかそうな座布団が敷かれているのです。
でもこの待合室の椅子に、かつてのようにたくさんの人が座ることはないでしょう。
なぜかはわかりませんが、不覚にも急に涙が出そうになりました。
JR北海道の経営は厳しく、特にこの花咲線は将来単独では路線を維持できない区間の筆頭として廃止の危機と隣合わせにあります。
至宝の絶景車窓も、やさしくてあたたかな駅も、いつまで残るのかわかりません。
それでもこの小さな落石の集落に住む誰かのおかげで、この今にも消えそうな小さな駅に降りたつ誰かを、あたたかくやさしい気持ちにしてくれるのです。
落石の集落を散策
駅前の一本道を少し歩くと道道と交わります。
この道を南へ行くと落石漁港があり落石の集落になるのですが、列車がくるまでの50分間では往復できないので、高台から太平洋を眺めることにして道道を海に向かって歩きます。
僕は記憶になかったのですが、この落石地区はドラマ「北の国から」’95秘密、’98 時代で、蛍(中嶋朋子)の駆け落ち先として登場していたんですね。
道道「根室浜中釧路線」を北に500メートルほど歩くと、高台から海を見渡せる場所に出ました。
遠くに見えるのっぺりとした島は、ユルリ島。
このユルリ島とその奥にあるモユルリ島には希少な生物・植物が生息し、北海道の天然記念物、国指定の鳥獣保護区となっていて、一般人が許可なく立ち入ることはできません。
つい最近、知人がこのユルリ島を紹介する仕事を始めたと聞いていたので、僕もこの島の名前を知ることになったのですが、偶然降りた落石駅にユルリ島の紹介があったのはびっくりしました。
かつては有人島で、昆布漁や馬の放牧なども行われたいたようですが、現在は無人島になっているため、自然植生の保全のため馬の人口放牧がおこなわれているそうです。
すぐ近くに昆布盛(アイヌ語で昆布湾という意味)という地名がある通り、この付近は昆布漁が盛んなのでしょう。ところどころで昆布を干す様子が見られました。
落石駅から上り釧路行きの列車に乗ったのも、僕ひとり。
この優しくてあたたかくてちょっと寂しい時間が、いつまで続くかはわかりません。
ただ何があってもこの駅は残してほしいな、と思いました。
<2020年9月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください
コメント