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平和な、平和な、飫肥城下町【宮崎県日南市】

宮崎県日南市にある「飫肥(おび)」は、現在の宮崎市中南部から日南市にかけての地域を支配したかつての飫肥藩の藩庁「飫肥城」があったところ。

けっして大きな町ではありませんが、かつての城下を偲ばせる町並みがしっかりと残っていて、僕の好きな城下町のひとつ。今回で来るのは3回目なのです。

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3度目の飫肥

僕が初めて飫肥城下町に来たのは、今からもう30年も前、大学時代に初めて九州を訪れた時でした。その後、ぶらっと一度来た覚えがあるので、今回は3回目となります。

けっしてメジャーな観光地でもないし、交通至便な幹線の通り道でもない飫肥に、なぜ3回も来ているのか、と正面切って聞かれると答えに困るのですが、それだけ好きな町、ということなんでしょうか?

つい先日、ひょんなことから30年前の九州旅行の日程メモを発見したのですが、これがスゴイ代物だったのです。

これ、20日間の日程のうちの前半10日間部分ですが、ツッコミどころ満載ですね。

まず字がうますぎるぞ大学生の俺!

ヘイヘーイ!そーゆーことじゃないよっ!

泊まりはほぼ夜行列車の車中泊ですね。このページだけで夜行列車8連泊してますよ。

いくら若いからって、それはちょっとやりすぎじゃないかとも思いますが、もしかすると女子と8連泊するより体力的には楽だったのかもしれません。。。

札幌から西鹿児島まで全部列車で行ってる(しかも在来線)っていうのもかなり突っ込み要素満載ですが、まあ大学が北海道だったのでそれは仕方ないですね。途中で合流した友達はみんな飛行機で来てましたけどね。

そしてこれが飫肥を巡ったあたりの日程ですね

当時は串間に行って都井岬に行ってたみたいです。都井岬で4時間も何してたかわかりませんが、友達とここで落ち合って、馬と戯れたあと、しばらく一緒に旅した覚えがあります(友達は農学部だったので御崎馬に興味があったみたいです)。

飫肥はそのあとに行って、夕方17時過ぎから20時までの3時間滞在していたようです。

そんな遅い時間に行ってちゃんと観光できたのかな?九州は日没が遅いから3月末でも結構遅くまで明るかったのかも知れませんね。

友達と宮崎で小さな飲み屋にぶらっと入って、そこのおかあさんに「北海道からきたとねー」とか驚かれて大歓待された記憶があるのですが、それは飫肥だったのかな?

そんなことを思い出しながら飫肥駅で3度目の下車をします。

当時に比べれば、駅舎はずっときれいに変わったんでしょうね。

飫肥城下町へ

飫肥駅から飫肥街道を進み、ゆるやかなカーブを道なりに曲がりと、正面の町並みがにわかに整備された感じになり、飫肥の城下町地区に入ります。

いい感じですよね、この感じ。あー、飫肥に来たな、って思います。

飫肥の城下町は、酒谷川が大きく蛇行してできた半円系の土地の内側に発展しています。

飫肥街道から大手門通りに入ると、緩やかな坂の向こうに飫肥城址があります。

大手門に向かう途中で交差する後町通り

途中の水路には錦鯉の遊泳地があるので、ここが一番城下町っぽい撮影スポットかもしれません。

飫肥城大手門のすぐ手間の「横馬場通り」も美しい町並みが残る一画。

すぐわきに小村寿太郎の生家がありました。

陸奥宗光「治外法権の撤廃」、小村寿太郎「関税自主権の回復」、合わせて不平等条約の撤廃

懐かしいですね。高校受験の鉄板問題でしたね。今は中学受験で出てきそうですけどね。

小村寿太郎さんは飫肥藩の出身で明治初頭の外交官として活躍した偉人として、記念館も建てられています。

端午の節句が近いので、お屋敷の中には鎧兜や人形が飾ってありました。

大手門の手前では人力車のお兄さんたちが通り過ぎる人々を呼び止めています。

お代はいくらでもいいですよ、お気持ちだけでもいいし、ばーんと大枚はたいてもらってもいいし・・・

コロナでお客さんも少ないんだろうけど、ちょっと営業活動しすぎじゃないか?と思っていたのですが、戻ってから調べてみると実はこれ、飫肥の地域おこしグループ「祐兵(すけたけ)クラブ」というボランティアのみなさまが無料体験として提供しているのだそうです。

そういえば「・・・に寄付しますから」みたいな言葉も聞こえていたので、本当にお代は無料で、今だけ全部どこかに寄付されるんでしょうね。最近九州は災害が多いから、これは素晴らしい活動ですね。

変な勘ぐりしてごめん。そうだね、飫肥はそんな殺伐とした町じゃないよね。

飫肥城址と飫肥杉の美林

大手門をくぐって飫肥城の中に入ってみます。

場内への入場は無料ですが、場内の歴史資料館の入館には料金がかかります。

飫肥城には天守閣が残っているわけではないのですが、その代わりに見られるのが、この飫肥杉の美林。

飫肥杉は江戸時代、飫肥藩の伊東氏によって植林がはじめられましたが、樹脂を多く含んでいて弾力性があり、湿気に強く腐りにくいため人気が高く、この地の名産として藩の財政を助けました。

飫肥の下流にある油津堀川運河が開削されたのは、この飫肥杉を港まで運ぶ船運のためでした。

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飫肥杉を見てしまうと、城内にはもうそれほど見どころはないのですが、帰りにカッコいい小学校を発見しました。

一般的にお城の中にある小学校は、地域で最も伝統があってカッコいいことが多いのですが、この飫肥小学校にはもう一つ特徴がありました。

この壁に書かれてるのはなあに?

これは、日本で初めて訪欧した郷土の偉人「伊東マンショ」をテーマに画面が構成されているもので、元飫肥小学校教諭 矢野睦義先生のデザインによる壁画です。

そのときに持ち帰った印刷機、地球儀、時計、世界地図、ガラス、測量器具、楽器等が配置してあります。絵のの中央には、少年たちが希望で胸を膨らませて乗船したであろう船を象徴化して軸先を南に向けてあります。

船はたてに13に分割してあり、マンショが日本を出発した年齢を表してあるようです。

飫肥城の日々

飫肥に来たら「おび天」

さて、飫肥に来た必ず食べてほしいソウルフードが「おび天」

おび天は、この飫肥地区の郷土料理で、魚肉練りの製品。通常の天ぷらとは違い衣を付けない素揚げで、さつまあげに似ていますが、豆腐が入っているためさつまあげにくらべて柔らかく、ふわりとした食感です。

味は紅ショウガとかゴボウとかいろいろありましたが、ゆずとうがらし入りを食べてみました。

一番高いやつを奮発して、1枚240円。めちゃくちゃ平和ですね。

僕が飫肥に何度も来ちゃうのは、この平和さがいいのかもしれません。

<2021年5月訪問>

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飫肥城下町への旅

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