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すごすぎる武者返し、そして震災。「本日の熊本城」/前編

日本全国津々浦々「その町のシンボル」と言われるものがあるとすれば、その中でも最もシンボル・オブ・シンボル的な存在のひとつが、熊本における熊本城でしょう。

その雄姿が、熊本地震によって想像を絶するほどの被害を受けたあと、僕は多くの熊本の人々が悲しむ姿を目にしました。

「熊本の人たち、大丈夫かな、熊本城、復活するかな」。そんなふうに心のどこかで気にかけていた時、熊本城(そしてきっと熊本のみなさんも)が復活に向けて一歩一歩あゆんでいる姿を教えてくれたのが「本日の熊本城」

これは熊本のライター仲間の女子がときどきTwitterで発信していたシンプルな熊本城の定点観測ですが、ずっと見ていると知らないうちに熊本城のファンになってしまう、不思議な力を持った物語のようなつぶやきなのです。

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熊本城のすごすぎる武者返し【2015年夏】

もちろん熊本城には震災前にも何度か行ったことがありました。震災の前年、熊本駅がまだ古い駅舎だった頃も、僕は夏の家族旅行で熊本城を訪れていました。

駅前から熊本城まで市電に乗るとお城の御堀端には加藤清正くんが。

秀吉の側近だったくせに関ヶ原では東軍だったので、僕はあんまり好きじゃなかったんですが、熊本に入ってからは素晴らしい城主として領民を豊かにし、現在も「セイショコさん(清正公さん)」として慕われているそうです。

城内に入ると見えてきました熊本城天守閣。

うーん、素晴らしい武者返しだなー。みてごらん敵が城の中に入れないように石垣が垂直になってるんだ。すごいだろー


と娘にそんな説明をして、ナイスでインテリジェンスな父を演じてみたのですが、ほんとに武者返しでよかったんだっけ・・・

あとで調べたら武者返しでよかったみたいでした。。。さすがインテリナイスミドル(笑)

日本三名城の一つと言われているだけあって、3層6階の大天守を中心とした威風堂々の姿。震災前の貴重なショットですね。

これは昭君之間(しょうくんのま)とよばれる対面所(藩主の会見の場)で、本丸御殿の中で最も格式の高い部屋。

現在はまだ復旧中ですが、当時は復元された本丸御殿が公開されていました。

このときはまだ天守の上から熊本の市街地を思い思いに眺めることができる、幸せな時間でした。

傷つけど、なお威風堂々、熊本城

2016年4月に発生した地震のあと、できる限り早く熊本に行きたいと思っていました。

僕の勤務する会社は観光業ですから、こうして震災で被害を受けた地域、特に復旧後も続く心理的な風評被害を世の中から払拭し、旅で復興を支援するということが大きなミッションです。
実は震災後の6月の会議を東京ではなく九州で行い、実際に自分たちで現地を見て、世の中に正確な情報を普及させようと計画していたのでした。ところがやむを得ない社内の事情があり、実際の訪問は9月となってしまいましたが、時期がずれたとはいえ、思いは同じです、

到着後、まずは熊本城へ。
その時はまだ熊本城の中には入れなかったので、ボランティアガイドさんの案内で二の丸広場や加藤神社、その周辺から天守閣や櫓などを見学することになります。

立ち入り禁止の看板の先で、大きな石垣が崩れているような姿がいきなり目に飛び込んで来ます。

遠くから天守閣パッと見る限りでは、以前とあまり変わらないように見えました。
(よく見ると手前の塀が全部倒れていますが・・・)

が、カメラで近接して見ると天守の瓦もこの状態。

熊本城には何度も来ていますし、その前年にも来たばかりだったので、やはり衝撃でした。
僕でさえこんな衝撃なので、熊本の市民、県民の皆さんの思いはこれとはくらべものにならないのでしょう。
おそらくもう何度もこの姿を目にしているはずの地元のバスガイドさんが、そっと涙をぬぐっています。

これは戌亥櫓(いぬいやぐら)。
よく見るとまわりの石垣が崩れ落ちる中、隅石だけで辛うじて櫓を載せてなんとか耐えているのです。

同じ熊本城の飯田丸五階櫓が櫓の崩壊を一本足で支えているようにみえる、ということで「奇跡の一本足」として話題になりましたが、あちらはすでに補強工事が完成していて、今はこちらが「もう一つの一本足」として話題になっているのだそうです。

「今しか見られない熊本城ですよ」

そんな光景を唖然として眺めている僕たちにガイドさんが言いました。

観光なんて不謹慎、ということはありません。
深刻な被害を受けてまだ復旧もままならない場所を興味本位で回るのはもちろんよくないことですが、少なくとも、こうして復興に向けて必死に頑張っている地域の方々は、まずとにかく一度来てみてほしい、と思っているのです。
そしてこうした「お城」や「人」の姿は、僕たちの心に必ず「何か」を伝えてくれるはずです。

熊本城を復元するのにかかる時間は10年とも20年とも言われていました。しばらくはこうした「今しか見られない」熊本城の姿が続くのでしょう。

傷つけど、なお威風堂々、熊本城。

でも自然とそんな言葉が出てきました。

「本日の熊本城」

熊本から戻ってしばらくしてから、Twitterで毎日熊本城の様子をアップしている女子がいることに気づきました。

彼女とは同じ旅行サイトでライターやっていたのでお互いにフォローはしていたものの、それまであったこともなかったのですが、その年の終わりにライター同士が集まる場があって、そこで偶然顔を合わせることができました。

あ、キミ、毎日熊本城をアップしてるよね?

えー、毎日じゃありません。週に3,4回かな

ま、週に3,4回アップしてたらだいたい毎日みたいなもんじゃないか、と思いましたが、こうして彼女と会話を交わしたことで、彼女の伝える熊本城の様子がいっそう身近になりはじめました。

「本日の熊本城」というタイトル、少しずつ復興していく天守閣の姿や季節の移ろいとともに変わっていく城山の木々や空の色。それは「熊本の人たち、大丈夫かな、熊本城、復活するかな」という僕の心配を少しずつクリアにしてくれるようなつぶやきでした。

いつか僕もあの場所から熊本城を見てみたい。

彼女のツイートを毎日(じゃなくって週に3、4回)目にするたびに、そんなふうにぼんやりと思っていました。

<2015年8月/2016年9月訪問 続く>

熊本城への旅

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