全国にあまたある秘境駅と呼ばれる駅の中でも、トップクラスに君臨すると言われる飯田線の小和田(こわだ)駅。
実際に降りてみると、駅周辺には民家はおろかまともな道路さえなく、まさに秘境中の秘境なのですが、その静けさよりも、おどろおどろしい威嚇がところどころに仕込まれていて、命懸けの冒険みたいになってしまったお話です。
上諏訪発豊橋行き、所要時間7時間のロングラン普通電車
小和田駅のあるJR飯田線は、長野県の辰野駅から愛知県の豊橋駅まで、全長195.7㎞の区間に94の駅があり、駅間平均は大都市近郊並みの2.1キロと、JRのローカル線の中では極端に駅間が短い(かつ駅も多い)路線として知られています。
そのため全線を直通する普通列車の所要時間はなんと6時間以上かかるのですが、さらに中央本線の上諏訪駅から飯田線に乗り入れる、所要約7時間の列車がある、というので乗ってみることにしました。
7時間って言ったら新幹線なら東京から鹿児島行ってもまだ余裕、ヒコーキならバンコクとかホノルルくらいまで行けそうです。
男気あふれる普通列車ですね。普通列車の所要時間ランキング何位なんだろう、これ?
辰野から飯田線に入り、ひとつひとつ小駅に停まりながら、伊那市、駒ケ根という主要駅を通ります。
これ全区間乗り通す人は大量に食料とかないと辛いですね。この列車、ちょこちょこ停まるわりに意外とせっかちで、主要駅でもあまり長時間停車しません。
俺は途中の小和田で降りるから大丈夫、とか思ってたのですが、よくよく考えてみたら小和田駅に食料を調達できるような場所があるはずもなく、僕も10時間分くらいの食べ物と飲み物が必要だったのです。
この列車で最長の停車時間があった宮田駅。列車交換のため8分間停まります。
しかし駅前唯一の商店(おそらく、過去には)は、ご覧の通り。
なぜか大月駅で見つけて、物珍しさに1個買っておいた「峠の釜めし」おにぎり。
この、なけなしのおにぎりを食べると、僕の食料は尽きてしまいますが、お腹が空きました。
おいしかったけど、もし小和田駅で取り残されるようなことがあれば、僕は餓死するでしょう。
いよいよ秘境駅区間へ
上諏訪を出て3時間(まだ半分以下)、飯田に着くころは晴れ間が見えてきました。
天竜ライン下りで知られる天竜峡駅を過ぎると、飯田線の秘境区間がいよいよ本気出してきます。
佐久間ダムによって下流がせき止め垂れた天竜川に沿って列車はひたすら山の中を走ります。
ここも秘境駅として名高い「為栗(してぐり)駅」。
このあたりは、かつて集落があった場所が佐久間ダムによって水没してしまったため、陸の孤島のようにポツンと駅だけが残され、それが秘境化しているのです。
飯田線にはこうした秘境駅を巡る観光列車、急行「飯田線秘境駅号」が季節運行されています。
確かに、この列車に乗れば効率よくいくつもの秘境駅を訪問できるのかもしれませんが、みんなでぞろぞろと下車しても、きっと秘境駅感ないですよね。
前に秘境駅ランキングNo.1と言われる北海道の小幌駅に行ったことがあるのですが、すでに観光スポット化していて、鉄道ファンから有閑マダム軍団までぞろぞろと下車して、めっちゃ賑わいのある駅になっていたことを思い出しました。
そんなわけで、今日もきっと誰かが一緒に下りて、本当の秘境駅は味わえないんだろうな、と思いつつ、上諏訪から4時間半、目的の小和田駅で下車したのでした。
秘境駅にたったひとりで取り残される
ところが小和田駅で降りたのは僕ひとり。
列車がトンネルの向こうに去ってしまうと、僕と静寂だけがあたりに残されます。
これぞ、本当の秘境駅!
そんなわけで足取りも軽く、ホームから駅舎に続く階段を降りると、いきなりこんなワーニングが目に飛び込んできました。
げっ、まるで山ビルが待合室の外でうようよ待ち構えているような表現やめてもらっていいですか?
山ビル、苦手なんですよ。
昔、旧東海道の山道を歩いたとき、山ビルが足首に食いついていたのに気づかず、旅館まで連れて帰ってきちゃったことがあって、めっちゃ気色悪かったんですよ。
気を取り直して、ホーム側から駅舎に向かうと、入口には「花嫁号」のヘッドマーク。
実はこれ、現皇后陛下の小和田雅子さんが当時の皇太子殿下とご成婚の際、その名にあやかってこの小和田駅も大いに盛り上がり、ここで結婚にまつわるいろいろなイベントが行われ、恋愛成就の駅として絶賛売り出されていたようです。
ちなみに雅子さんは「おわだ」、この駅は「こわだ」で読み方は違いますが。
こうした秘境駅でよく見かける駅ノートも用意されています。
ただ、ここの想い出ノートは格が違いました。
なんと初回のものは1982年(昭和57年)。まだ僕が生まれる前のもの・・・じゃなかった、僕がシブがき隊のフッくんみたいなパーマかけて、隣の女子高生にアイドル並みに騒がれてた時代ですね。
いざ、小和田駅秘境探検へ
いきなり山ビルの威嚇を受けて、少々ビビってましたが、ここでじっとしているわけにはいきません。
次の列車が来るのは2時間半後だし・・・
意を決して外に出ると、なんとも味のある木造駅舎。
そしてこの秘境駅感を演出するオブジェのように放置されているスーパーカブの残骸。
駅前には「三県境界駅」の立て札があるとおり、この下を流れる天竜川の川底に県境があるのです。
駅前からは散策道がつくられていますが、車で入って来られるような道はありません。
散策道の途中にある東屋にあった恋愛成就のためのラブチェア。最後にカップルが座ったのは何世紀前のことでしょう。
坂を下ったところにようやく民家が現れますが、もちろん現在は無人の廃墟。
中は相当荒れ果てていますが、まだわりと生活感が残っていますね。
そのすぐ下にある、製茶工場跡と言われる廃墟。
かつてはこの中も探検できたようですが、現在は崩落の恐れあり、立ち入り禁止。
ま、請われても中には入りたくないですが。
そしてこれが小和田秘境名物、ダイハツ「ミゼット」の廃車。
ここを探検する冒険者たちが必ず言及する象徴的な遺産です。
これが秘境駅ランキング第3位の底力
やがて散策道がしばらくの間、天竜川に沿って続く、小和田随一の絶景ポイントに出ます。
対岸には車の通れる道もあるのですが、両岸をつなぐ高瀬橋は現在通行止め。すぐ手が届きそうなのに寸前でかわされてしまう、コケティッシュな女性みたいですね。
そして小和田の威嚇、第2弾。
そういえば最近クマの襲撃による被害増えてるけど、クマ鈴持ってないしどうしよう・・・
女子とふたりで手をつなぎながらの散策ならともかく、ナイスミドルが一人で「森のくまさん」を唄いながら歩くわけにもいかないので、とりあえずiPhoneでBon Joviを流して「♪It’s My Life~」と口ずさみながら先へ進みます。
そして再び通行止めと迂回路。なんだかもうここからはどこにも行けないような気がしてきました。
この先は、けものみちのような急坂を4、50分登り続ければ、ようやく車道に出て、小和田から行ける唯一の集落がある、と聞いていましたが、もう小和田駅の秘境っぷりはここまでで十分知ることができました。それに山ビルとかクマとかがどこで僕を待ち構えているかわかりません。
小和田駅は「秘境駅へ行こう」で秘境駅ブームの火付け役になった、牛山隆信さんのランキングによると全国第3位。
1位は北海道の「小幌駅」、2位は静岡の大井川鐵道「尾盛駅」。秘境度は小和田駅と同じですが、列車で到達しやすい分(両駅にくらべ飯田線は本数が多いため)、総合点で及ばないようです。
小幌駅は確かにすごい場所にあるし、(通っただけですが)尾盛駅も、かなり秘境感あふれる駅でしたが、牛山さんが「雰囲気」は3つの中で小和田駅に最高点をつけているのはわかるような気はします。
夕暮れ迫る小和田駅に、2時間半ぶりの飯田線の列車がやってきたときは、正直、安心した気分になりました。それくらいここには外界と隔絶された空気が流れていたのでしょう。
秘境駅に降りるのはひとりがいい、と思っていましたが、このときばかりは僕以外の誰かの姿が恋しかったのかもしれません。
<2023年10月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください
小和田駅への旅
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