日本の中でももっとも過疎化が進んだ辺境の地のひとつ、と思われている島根県。
その島根県の、さらに辺境にある隠岐群島に、都会から若い学生たちがこぞって留学してくる高校があります。
それが隠岐の国、海士町(あまちょう)にある隠岐島前高校(おきどうぜんこうこう)。
なぜこんななんにもない絶海の孤島に若者が集まってくるのか!
僕はそれが知りたくて海を渡ったのでした。
ヒトツナギの松本くん?島のおじいちゃんの勘違い
それは隠岐群島の中でも絶景の島として知られている西ノ島をめぐっていたときのこと。
断崖の頂上にある展望台からの帰り道、坂を下って海沿いの集落を自転車でのんびり走っていると、道路脇の家の庭にいたおじいさんが僕のほうをガン見していました。
「おおお、マツモトくんか?」
「は?いやいや違います、スミマセン」
(じーちゃん、なんだ違ったか、がっかり、という顔)
でも僕にはすぐわかりました。
じーちゃんが、いかにも松潤(嵐の。もちろん)みたいな僕を、都会から来た誰かと勘違いして、一瞬喜んだ理由が。
隠岐島前(おきどうぜん)と呼ばれるこのあたりの島々では「ヒトツナギ」というツアーをやっているのです。
これは隣りの中ノ島・海士町にある隠岐島前高校(おきどうぜんこうこう)の「ヒトツナギ部」の生徒たち企画・運営する旅。
この企画は、全国の高校生による地域観光プランコンテスト、第1回『観光甲子園』にてグランプリ(文部科学大臣賞)を受賞した観光プラン。
「ヒトツナギとは、日本全国の中高生を対象とした旅です。参加者は、全国の中高生10名、島前三島内の中高生10名で、5日間のうちに島前三島を回ります。この旅では基本的に観光地へは行きません。参加者には島前に伝わる伝統文化を知り、人の温かさに触れてもらいます」
隠岐島前高校 ヒトツナギ部ウェブサイト
きっとじーちゃんは、かつてヒトツナギツアーで内地からやってきて、じーちゃんの家にホームステイした当時高校生の「マツモトくん」がぶらっと遊びに来たのだと勘違いしたんだと思います。
そう、この島には全国にたくさんの「島っ子」と呼ばれる家族がいるのです。
僕が隠岐に来てみたかった理由のひとつに、この「隠岐の未来を変えた」と言われる島の学校、隠岐島前高校をどうしても見てみたかったからなのです。
隠岐島前高校は「中ノ島」の海士町に
隠岐島前高校は、隠岐群島のひとつ、中ノ島の海士町(あまちょう)にあります。
そこは本州の鳥取県境港から船で3時間半(高速船でも1時間50分)と、辺境と言ってもおかしくはない不便なところ。
そんな海士町の玄関口である菱浦港のターミナルビルに入るといきなり
「ないものは ない 隠岐國海士町」という大きなポスターが。
この海士町というのが、かなりアウトローで面白い自治体なんです。
合併はせん!自力で生き残る!と宣言して、補助金ガンガン削られても、どっこいそこら辺の市町村よりよっぽどたくましく元気に生きている、そんな感じのところ。
まあ、だからこそ隠岐島前高校のようなユニークな学校が生れるのですが、今、この隠岐の海士町は地域活性化のお手本の一つになっていて、全国からの視察が絶えないようです。
海士町の表玄関、菱浦港の立派なターミナルには名産品が並び、めちゃくちゃ活気がありました。
それもそのはず、ここは「島じゃ常識さざえカレー」とか「島生まれ、島育ち、隠岐牛」とか「いわがき春香」とか、島の名産品をブランド化し、今や全国でも人気の商品も少なくないのです。
「自立・挑戦・交流」 ~人と自然が輝き続ける島に~
いろんな地域でよく見る、歯の浮くようなお題目の看板がかかっていますが、この島は掛け声だけでなく、本当にどれもしっかり実現しているからたいしたもんだ、と思います。
とりあえずお昼を食べよう!とターミナルビルのチラシで見つけたお店に行ってみます。
隠岐の全国ブランド、島生まれ島育ち隠岐牛の幻の贅沢丼ですよ。
これは食べなくっちゃでしょ。
ということでターミナルから道路を渡ったところにあるお店に行ってみましたが、なななんと…
そりゃそーだよな。
だって見るからにうまそうで、しかも安いんだもん。
こんなに小さな島なのに、やるなあ海士町!
しかたなくフェリーターミナルの2階にあるレストランに行ってみると、ここもかなり賑わってましたが、何とか空席がありました。
メインの寒シマメの漬け丼ももちろんですが、この揚げたてのイカゲソがたまらなくうまかった!
隠岐島前高校とは
港からの道を少し歩くと、高台にある隠岐島前高校への入り口がありました。
隠岐島前高校は島根の県立高校なので、海士町の所管ではないのですが、島の衰退に危機感を覚えた町長が、島の未来を変えるためにはまず若者、特に高校生の流出を止めるために、この島前高校を魅力ある学校にするしかない、と決意したことからすべてが始まります。
東京で活躍していたビジネスマンを口説き落としてこの隠岐に呼び、廃校の危機に瀕していた島前高校の魅力化プロジェクトがスタート。
塾のない離島でも公平に学習指導を行えるような「隠岐國学習センター」という公立の寺子屋の設立や「夢ゼミ」という自分の興味や夢を明確にしていくためのカリキュラム、 なによりも地域の人々とともに課題を考え、一緒に解決していく取り組みなど、これからの時代に必要な「自ら問いを立て、解決する」という教育を都会のどんな優秀な学校よりも先駆けて行っていたのです。
もちろん、よくあるお決まりのパターン通り、最初は地元の人々になかなか受け入れられずうまくいかないのですが、少しずつ空気が変わっていく・・・みたいなこともあったようですが、僕がここで書いても説得力がないので、詳しくはこの本をお読みいただければと思います。
今では東京や大阪の都会から「島留学」といってこの隠岐に進学してくる生徒もいて、生徒数が年々増え続けているだけでなく、生徒のパフォーマンスもどんどん高くなっている、という離島の僻地ではありえない、奇跡の高校だと言われています。
その隠岐島前高校の校舎。
おおお、これが奇跡の島前高校か、と思うとなんだか感慨深いものがあります。
僕は教育関係者でもなく、視察に来ているお偉いさんでもないので、ここから先には入れないため校庭やその周辺をブラブラしただけだったけど、ホントはいろいろ話を聞いてみたかったな。
ないものは、ない。
島前高校を見てしまうと、あとは特に予定もないので、フェリーの出発時間まで島をブラブラ散策してみました。
メインストリートにある、島唯一のコンビニ?
これはまだまだ現役の瀬戸物屋さん?
ポスターにあったように、この島には「ないものは ない」のです。
「ないものは ない」という言葉は、
①無くてもよい
②大事なことはすべてここにある
という2重の意味をもっているのだそうです。
隠岐という離島である海士町には都会のような便利さもないし、モノも豊富ではありません。けれども自然や郷土の恵みは潤沢。暮らすために必要なものは充分あり、島の人々は今あるものの良さを上手に活かしながら生活しています。
「地域の人どうしの繋がりを大切に、無駄なものを求めず、シンプルでも満ち足りた暮らしを営むことが真の幸せではないか? 何が本当の豊かさなのだろうか?」
そんな問いかけがこのキャッチコピーには込められているのだそうです。
わかるよ、海士町。
というほど、僕はまだ人間的に成熟もしてないし、正直まだ豊かさへの欲望とか都会的な煩悩とか捨てきれないけど、そういう生き方への憧れみたいなものがあるのも事実です。
菱浦の港に本土の七類港行きの「フェリーおき」が停泊していました。
そろそろ島を出る時間でした。
今はまだ大丈夫だけど、次に海士町に来たらそのまま帰りたくなくなっちゃいそうな、そんな気がしました。
<2017年5月訪問> 最新の情報は公式サイト等でご確認ください。
海士町・隠岐島前高校の基本情報
住所:島根県隠岐郡海士町大字福井1403
隠岐・海士町の体験プログラム
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