2013年瀬戸内国際芸術祭で、女木島のあとに訪れたのは、男木島。
読み方は「おぎじま」。「おとこぎじま」ではありません。
だけど、誰もがしそうなその勘違いを、ちゃんと見越して企画された「男気プロジェクト」というアート作品も島内にありました。
この男木島、人口は当時たったの190人とちょっと、島内はすべて徒歩で回れてしまうくらいの小さな島でしたが、僕にとっては今回の島たびの中で1、2位を争うお気に入りの島になりました。
男木島のメインストリートは坂道の路地
男木島へのアクセスは高松からのフェリーが基本。女木島を経由して男木島までは片道40分となっています。
男木島には平地がほとんどなく、南西部の斜面に階段状に集落があるため、港から見ると民家が鱗のように重なり合っています。
だから見てくださいよ、この道。
島にはこうした迷路のような路地が至る所にあります。
むしろ、これらの道がこの島のメインストリートだ、といってもいいかもしれません。
瀬戸内国際芸術祭の作品は、こうした坂道沿いに立つ古民家(島を出て行ってしまったか、この地で人生を全うした住人が残した昔ながらの住居)が改築され、アート作品となっているものが目立ちます。
島内には公共交通機関はありません。なので狭い坂道を上ったり下ったりしながら、すべて徒歩での移動となります。
島の家はどの家も高台にあるので、窓からは瓦屋根越しに海が見えます。
こんな坂道しかない島に住むのはおじいさん、おばあさんがほとんど。
いったいどうやって生活しているのか、と思っていたら、彼ら(とくにばーちゃん)の必需品はオンバ(乳母車)なんだそうです。
ばーちゃんの乳母車にカラフルなペイントを施したアート「オンバファクトリー」もありました。
ときどき、坂の途中で島のじーちゃん、ばーちゃんを見かけることもありましたが、都会の便利な生活をしている人たちよりも、よっぽどみんな元気そうに見えました。
男木小・中学校プロジェクト
男木島のアートのハイライトの一つは、男木小・中学校プロジェクト。
当時、男木島には対象となる小学生・中学生が一人もいなかったため、休校中の男木小学校・男木中学校の校舎を大胆にいじって遊んでいました。
「昭和40年会」というアーティスト集団が、大人も遊べる男木学校を開校し、校舎内をアートで埋めたり、自ら教員となってワークショップを行ったりしています。
ここでは芸術的体育の授業が行われるんだそうです。なんやそれ?
ここは校長室なんですが、中では毎日お楽しみ会をやってるみたいです。
部屋に入って、スイッチを入れると、ディスコに早変わり。
シェケナベイベー!
それはロックンロールか。
校長室は子供の遊び場として提供し、自らは廊下で仕事をしながら芸術とは何かを自問自答している先生らしいです、ここの校長は。
素晴らしい!
海を見下ろす校庭で、毎日キャンプファイアー?
この時、男木島の小中学生はゼロ。
ところがその後、都会から若い家族が移住してきたことにより、この学校が休校から復活したんだそうです。
そりゃそうだよね。こんな学校だったらめっちゃ楽しそうだもんね。
そして、海からの風
男木島アートのもう一つのハイライトは「歩く方舟」
旧約聖書のノアの箱舟に着想を得た立体作品。海の向こうに見えるのは、たぶん女木島でしょう。
今回は時間がなくていけませんでしたが、男木島の数少ない観光スポットの一つである男木島灯台。
100年以上の歴史があるこの灯台は映画「喜びも悲しみも幾年月」のロケ地となったことでも有名です。
まだ午前10時だというのに、少しの手加減もなく照りつけてくる8月の太陽。
水をがぶがぶ飲んで、汗をだらだら流しながら登った坂道。
古民家の屋根越しに見える青い海。
もうだめだ、と思う頃に、吹いてきて、つかの間の涼気を与えてくれる気まぐれな風。
そのどれもが、忘れられない男木島の思い出です。
<2013年8月訪問>
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男木島への旅
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